秘め始め

 
「おい、承太郎」
心地よく眠っていたのに、突然揺り起こされる。浅い眠りだったのか、普段ならこれぐらいでは目が覚めないのに。
暗い部屋の中、うすぼんやりと見えるのは揺れるDIOの金色の髪。またお前か。少し唸り、布団にくるまる。
「無視するな」
「人の眠りを妨げるもんじゃねぇーぜ…」
眠たい。重いまぶたをこすりながら起き上がる。このまま放っておくほうが、世の中のために良くない。
ああこいつ、早くどこかに行ってしまいやしないか。ひどく自分勝手で、人のことなんて何も考えていないだろう。
「さよならを言いに来てやったのに、ひどいやつだ」
は、と息を吐き出す。さよならを言いに?お前が?目だけで十分伝わったらしく、DIOは紳士よろしく頭を下げてみせる。
それから寂しそうな目をして、背中を向ける。冗談じゃないのか、いつもの。またからかっているんだろう。
「もうまたはないだろうな」
「おい」
「さよならだ」
捕まえて確かめなければ、寝起きでうまく動かない体を起こして手を伸ばす。その手は空を切った。
DIOの姿は見えない。暗闇に溶けた。よく出来た演技じゃあないか、今までそんなことやったことなかっただろう。
「おい…」
呼びかけても返事はない。ただどんよりと闇が広がるだけだ。目が慣れてくる。そこは当然俺の部屋で、見慣れたものばかり。
見回してみても、あの独特の金はない。隠れているわけでもない。本当に、消えてしまったというのか。こんなにあっさりと。
「DIO」
名前を呟く。それは本当に、まともに呼ぶことも少なかった。理由があったから。
このままいることが当然になったら、いなくなったときにきっと俺は何か、変な気持ちになる。
だからあまり、情をかけておきたくなかった。だから名前も呼びたくなかった。名前を呼ぶというのは、認識するということだから。
そんなふうに気をつけていたというのにこのざまだ。いなくなればいい、と思っていたのに胸にぽっかりと開いたこの感覚はなんだろう。
「…ばかやろう」
少し自分の声が震えているのは、気のせいだ。泣いているんじゃない、寂しいんじゃない。いなくなってうれしいから、なんだ。
「何で泣いているんだ承太郎?このDIOがいなくなったからか?」
「っ?!」
振り返ると、俺の布団の上で寛いでいるDIO。さっき、そこは見た。どういうことだ、と思う前に寝巻き代わりのシャツを掴んで引き寄せられていた。
「泣いている顔もなかなか良いぞ、似合っている」
そう呟くDIOの声はまた、とても楽しそうで。ああ、しまった引っ掛けられた。こいつ本当に性格が悪い。目をつぶる。
目じりにうっすらと溜まっていた涙が頬を伝って落ちた。こいつのためなんかに。もったいないと自分でも思う。
それを眺めていたDIOが涙のあとを舌でなぞる。生きているものではない、冷たい舌。ぞぞ、と背中に寒気が走る。
「…承太郎、思ったよりこのわたしのこと、好きなようだな?」
「思い上がるな」
「涙声じゃあ、説得力がないぞ」
それはお前が胸倉を掴んでいて苦しいからだ、涙声なんかじゃない。勘違いだ。それを指摘するまもなく、布団の上まで引きずられる。
「認めるがいい」
「意味がわからねえ、てめぇ乗るなっ!」
得意げに笑うDIOは俺の上に陣取る。人間とはまた違う、重さ。軽いような、重いような、不思議な感覚だ。ただ、ひやりとつめたい。 「ムードも何もないやつだな」 「幽霊がムードを語るな」 覆いかぶさるDIOの手が視界を遮る。それをはがそうと伸ばした手をさらに掴まれ、うまく身動きが取れない。何する気だ、こいつ。
 
「わたしは、結構お前を気に入っているのにな」
小さく呟いて、承太郎の唇に触れる。生きているからな、当然暖かい。その熱を奪うようで、気持ちがいい。危機感が薄いのか、いまだにじたばたと抵抗をやめない。
舌を差し込むと小さく身体を震わせた。あの承太郎が、と思うと気分も良くなってくるというものだ。なぜか、肌を合わせることを苦手としているから。こいつは。
ただあまり長いこと続けると、舌を噛み千切られそうだ。死人とはいえこれ以上自分の身体をいじめたくはない。
解放すると、熱っぽくため息をつく。そんな顔も出来るのか、と褒めたくなるがばかにしていると思われるだろう。扱いが難しい。
「帰ってきてほっとしたのか?」
押さえつけた手のひらの内側が、暖かい水でぬれている。指の間から抜け落ちていく。涙だろうか、認めようとしていないが。
「違うつってんだろ…さっさとどけ、変態」
「素直になればいいものを」
実際にこうして涙しているくせに、と意地悪してやりたくもなる。目隠しをしていた手でそっと頬をなでる。何度か瞬きをした。
そのたびに睫毛が濡れて、暗闇の中でもきらりと光っているように見える。ジョースターの一族は、変な色気があるなと観察しながらいつも思う。
「泣いているだろう」
「…ちが、う」
声のトーンが落ちる。すん、と鼻をならす。何だってまあ、ここまで素直じゃないのか。ある意味、敗北だからか?
ちょっとした思い付きで遊んでみたがなかなかにいい反応だ。承太郎の頭をぽふぽふとなでてやる。
「遊びすぎた、悪かった」
「…気色悪い」
ぼそりとつぶやく声はさっきより落ち着いているようだ。押して駄目なら、引いてみる。こういう駆け引きは久しぶりだ。
「少しでいい」
「…?」
見上げる承太郎の目は濡れたままだ。深い緑と、それがまた、似合う。もっと見たいではないか。せめてあと少し。
 
「…わたしと遊ばないか、承太郎」
 

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裏までいけなかった。チクショイ…続き書きます、絶対。承太郎を可愛く(念)