02:遠くて近くて

 
今も昔も、兄貴が俺のことをバカだって言ったり殴り飛ばすのは代わらない。昔といっても、まだ16年しか生きていないけど。
実際、俺は頭がよくないし何でも兄貴に任せっぱなしだった。さすがに兄貴が幽霊になってからは、自分でも考えるようになったと思う。
まず、家事を覚えた。これは本当にやらないと恐ろしい目を見ることを体で学習した。燃えるごみはいつで、燃えないごみはいつとすぐ思い出せるくらいに。
ただ飯を作るというのはまだそんなに得意じゃない。焼くか、全部つっこんでゆでるくらいしか能が無い。
「外食ばっかりしてると、貯金がカラになっちまうからな」
ぎらつく目の兄貴にそういわれれば、練習しなければならないと危機感も覚えるものだ。兄貴ほど家計の管理能力も無い。
兄貴が使ってたエプロンを引っ張り出してつける。さすがに学ランのまま台所に行ったら怒られた。
米はあと20分くらいで炊ける、と頭の隅にいれておく。きっと忘れるだろうけど、とりあえずだ。
「味噌汁くらい作れて損はしねぇ」
半透明の兄貴が、俺の上でふわふわ浮きながら指示を出す。やっぱり兄貴の言うことに従っていれば失敗はないから安心できる。
でも、それを覚えないといけないという意識が働くと手が止まる。
「億泰、手!」
「あ!」
言われてやって気づくくらいに考えないと、到底兄貴のようには出来ない。
さてそれから数分、また手が止まったり怒声を飛ばされたりしながらなべにたっぷりの味噌汁が完成した。
「やればできるじゃねえか、億泰」
久しぶりに笑ってくれた。つられて俺も笑って、なんだかこんな風に褒められたことって今まで無かったような気がする。
とたんに恥ずかしくなってきて、ごまかすように器によそう。親父に汁ものを渡すと、床にぶちまけて恐ろしいことになるからごはんにつけて後から持っていくことにしよう。
「兄貴んとこにももってくから」
「おう」
お供えすると、兄貴は口に出来るということを最近知った。他人から見れば、俺の周りには誰も食べない米と味噌汁が並んでいるように見えるんだろう。
でもたしかにここに兄貴が居て、食べてもらえるわけだからいいのだ。
「いただきまーす」
手を合わせて、兄貴もいつのまにか箸を使ってもくもくと飯を口に運んでいる。消化をしない兄貴に食べられた米はどこにいくんだろう。
味噌汁に口をつける。ふわりと香るのはなんだか懐かしいようなにおい。それから、口の中に広がる味。
「億泰?」
「…兄貴の味だあ」
無意味に、ぽろぽろ涙がこぼれた。自分で作ったけど、指示をしていたのは兄貴だからそうなったのは当然なんだろう。
でも、こんなところでまた兄貴が残したものに出会えるなんて思っていなかったから。
「お前ほんとにしょうがねえやつだ」
兄貴はすこし気恥ずかしそうにして、味噌汁をすすった。