ごあいさつ。

 
「億、あんたフラフラして迷子になんないでよ」
「姉ちゃんひでぇ!こんなに近いんだから迷わないっつーの!」
もう何回目か、数えるのもやめたお引越し。これで本当に最後だから、と頭を下げる親父はちょっと可哀想で仕方なくついてくることにした。
同じ高校いこうね、なんて言ってた子もいないしちょうど良かったのかもしれない。あさって編入試験だから、姉ちゃんに詰め込み学習させられるのが怖い。
東北に来るのははじめてで、それも結構田舎で、なんというか故郷が出来たらこういうところがちょうどいいんじゃない?って感じ。
親父はボロ家の修理中、代わりに姉ちゃんとご近所さんにご挨拶。何でこういうときに蕎麦もっていくんだろ?そばに引っ越してきたから?ダジャレ?
「おいてくよ?」
「やだやだ!まだわかんねぇもん!」
先に歩く姉ちゃんの後ろを追いかけて、とりあえず一番そばの家から。というか、ほかの家は隣とはいえないから挨拶しなくてもいいとか親父が言ってた。いいの?
「そば持ってて」
姉ちゃんの段取りを邪魔すると怒られるから、とりあえずおとなしくそばを持って後ろに控えていることにする。
几帳面というより、あんまり失敗したくないからじゃないかなあなんて思ってるけどそれを言ったらグーが待ってるから言わない。
「あらー」
扉を開けて出てきたのはどうやらこのおうちの奥様のようで、もちろんあたしは話すこともないから後ろでぼうっとする。
うん、田舎だなんて言ったけど緑が多いっていうのは目に優しくていいかもしれない。視力2.0だけど。姉ちゃんと花見とか楽しいかも。くだらないって言われても引きずっていこう。
「億、そば」
「はーい」
姉ちゃんに渡すのに振り返ると、おくさまとガッチリ目があう。何もしてないんだけど、何でそんなに見てるんですか?ってくらい見てる。
「億ちゃんって言うの?インパクトあるわね…」
「姉ちゃんとセットなんです」
「ああ、だからけいちゃんがやな顔してるの?」
姉ちゃんを初対面でけいちゃん呼ばわりする人は生まれてはじめてみた。姉ちゃん、あたしをにらんでも何の解決にもならないよ。
「じゃあうちの子と同じくらいかなあ?仗ー、じょーおー、ちょっとおいでー」
ぱたぱた家の中に戻っていって、帰ってきたときには後ろにあたしと同じくらいの子を連れてきてた。
……なんていうか、うん。あたしも変な髪形してるけど、世の中ってひろいんだなあなんて思う。宇宙船?それ。言うと姉ちゃんにしばかれるからぐっと我慢。
「うちの子、仗って言うの。多分、同じ学年だからよろしくね!仗、ほら挨拶は」
「ぐえっ!かーさんっ、首折れるっ、折れるっ!」
「億、挨拶」
いきなり前に出されて、あわあわしてる間に手を取られる。びっくりして思わず口開けっ放し。上下に激しく手を振ってから、満面の笑顔で返される。
「よろしく!!」
「…あ、うん、よろしく…」
「それじゃまだ挨拶があるので」
「うん!困ったことがあったらいつでも来なさいね!」
姉ちゃん、おくさまにずいぶん気に入られてる。軽く手を振ってくれる仗に、慌てて手を振り返す。
「良かったわね」
「…うん!」
さっきぶんぶん振られた手はちょっと痛いけど、まだ暖かくてなんだかそれが新鮮だった。
 

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それにしても無理がある名前!すいません。億江?億子?億美…?と迷って結局「億」。
百が三つだったから…百々(もも)でもいいかと思ったけど億泰じゃ無理だって思い直したんです…。
形兆はそのままでいいし、仗助は下手にいじるより仗一文字のほうが…。
男の子が欲しかったんだけど女の子でまあいいや名前男の子にしちゃえみたいなあれで…
…ただ「けいちゃん」って使いたかっただけです!すいませんでした!