おやすみなさいの前に

 
承太郎が小さくなってからはや三日。されどアレッシーは見つからず、スタンド攻撃も解除されない。
つまりつかず離れず、そばにいるはずなのだ。理論上は。ただ、その姿が一向に見当たらないだけで。
承太郎はそのサイズに慣れてきたのか、シャツ一枚でぺたぺたと部屋を歩き回っていたりする。すこし僕の心臓に悪い。
どうしてこう、小さい子の肌ってもちもちですべすべで、触ったら気持ちよさそうなんだろう。僕は我慢の限界だった。
だって目の前を触ったら絶対気持ちよさそうなぷにぷにした承太郎が一日に何往復もするのを眺めているだけなんてひどすぎる。
ポルナレフはここぞとばかりに保護者ぶり、ずっと抱っこしていたりする。承太郎が許しているわけだから、僕は文句をいえないけど。
実際、ポルナレフは妹がいたというだけあって承太郎への気の回し方が上手い。僕じゃ到底思いつかないこともあったりする。
「かきょういん」
「え、あ、な、何だい?」
いまだにこの承太郎の声にはなれない。ついに挙動不審になってしまう。呼びかけられると、ほんわりと心が温まるけれど。
承太郎は困ったような顔をして、毛布を引きずっている。そういえば今日はポルナレフが同室ではない。あまりにもべったりすぎて、ジョースターさんが引き剥がしたらしい。
で、自分に懐かせようとしたものの僕を盾にさっさと承太郎はホテルの部屋に帰ってしまったのでひどく落ち込んでいたっけ。
「…さむいからいっしょに、寝る」
「ああ、いっしょに………え?」
一瞬、時が止まったように感じた。そういえば、いつもポルナレフと一緒に寝ていたんだっけ。いいカイロだとかは、言っていたけれど。
砂漠に近いこの町は、夜はひどく冷える。確かに僕でも少し寒いのだから承太郎はよっぽど寒く感じることだろう。
でも、待って。しばらく考えさせてくれ。一緒に寝るって、誰と?もしかしてこのぼく?
「返事はきかない」
「わっ!ちょっとまって、待って承太郎ちょっと!」
ベッドによじ登る承太郎を抱っこで引きとめ、ちょっとだけその感触がうれしかったり、抱き上げられた承太郎は不満げな顔をしている。
眉間のしわはもしかして小さいころからの産物?なんて考えたり、そうだとしたら昔からなんて表情をする子供だったんだろうとか彼の幼いころに思いを馳せたり。
「なんでだ」
「待って、僕、心の準備が」
「ねるのに、準備がいるのか」
「君とだからいるんだ!」
何を言っているのかわからないとばかりに盛大に顔をしかめ、承太郎は僕に鮮やかに蹴りを入れた。顔に。猛烈に痛いです。
「…ねるぞ」
「はい」
承太郎に逆らうとろくなことがない。繰り返すが承太郎の格好は非常に目に悪い。僕の心臓にも悪い。犯罪者にはなりたくないような、もうこのままいっそ踏み外してしまいたいような。
なんでこう、足とか、ちょっとシャツの間から覗く焼けていない肌にどきどきするのか。今の承太郎は多分、6歳とかそれくらいだから、僕は確実に犯罪者だ。
「承太郎…ごめん、毛布、ちゃんとかぶってね」
「りゆうは?」
「…目に悪いから」
それでなんとなく察したらしい承太郎は毛布にくるまって、その中から少し笑いながら返してくる。
「かきょういんのえっち」
「…っ、ちょ、っと」
くらくらする。錯覚とかではなくて、まさか承太郎がそんなふうにふざけるなんてまったく思っていなくて。
しかも楽しそうに、少しいたずらっぽく、中身はちゃんと17歳のちょっとだけお茶目な承太郎のままで、そんなことされるとは。
目頭をぐうっと押さえてから、承太郎の毛布を没収する。今から寝る気満々だったらしい承太郎はさっき以上に眉間にしわを寄せた。
それこそ、眠りを邪魔されて怒る犬みたいに。ガルルルって唸ってる感じで。
「我慢しようと思ったのに…」
「な、あ、ちょ…っめくるな!」
「承太郎が悪いんじゃないか!」
「おれのせいにするな!」
ぼす、と枕を投げつけられていったん手を止める。だって、可愛いんだもの。食べちゃいたいって思うのくらい、普通じゃないか。
「…それはいやだ、痛い、むり」
「じゃあどうすればいいの、僕」
承太郎の頬がぽ、ぽ、とだんだん赤く染まっていくのを眺めつつ、僕のこのどきどきも納まらないかな、なんて他人事のように考えている。
「このままじゃ眠れないよ」
「ちょっと、しゃがめ」
前髪を引っ張られて、無理に前のめりのような形になる。背中がちょっといたい、それに前髪抜けるからそんなに引っ張らないで。
ちゅっ、なんて可愛い音とともに額にやわらかい感触。前髪を離したあとの承太郎のそらした顔。耳まで赤いよ、承太郎。
「…おやすみのちゅーでがまんしろ」
ぽそりと呟いてから承太郎は毛布にくるまって背中を向ける。その小さな背中に手をおいて、耳元でこっそり尋ねてみる。
「……明日抱っこさせてくれる?」
耳元で吐息があたるのが気になるのか、小さく体をふるわせたあとに考えておく、と返事をして承太郎は丸くなった。
僕もいい夢が見られそうな気がしてきた。時計を見る。いつもより少し遅い時間だ。毛布をたぐりよせて、承太郎の背中を確認してからゆっくり目をつぶった。
 

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椿屋四重奏/MUDABONEから。
「大人をからかっていけない子、ベソかいたって済まされないよ」
だからほんとはエロスが足りな(略)