久しぶりとは言わないまま
杜王町は、S市のベッドタウンとしてよく機能していると思う。交通の便も田舎にしてはなかなかいいほうだ。
だけど、どうしても混む時間というものは存在する。たとえば朝方の通勤、通学ラッシュ。そして夕方の帰宅ラッシュ。
なるべくその時間にかみ合わないように、東方仗助は早めに家を出ることにしていた。
単位がどうのとか、レベルが違うとか散々言われて机にかじりついていた昨年の今頃が懐かしい年明け。
あの時は承太郎さんにまで必死で電話したっけなあ、なんてぼんやり思い出し、アラームがとまった携帯電話を開く。
「はあ?」
思わず口から出た声は朝からなんとなくドスがきいていて、自分でもこれはよくないと誰が聞いているわけでもないのに咳払いをした。
いつも起きる時間より、1時間も遅いではないか。なぜだ。知らない間に止めたんだっけ、と考えながら時間割をメモした紙を確かめる。
今日は2コマ目から。なら今からでも十分間に合う、でもいつも使うバスがぎゅうぎゅうであろうことはなんとなく予想できた。朝から人にもまれるなんて、想像だけでも嫌なのに実際に行かなければならない。
「めんどくせぇー…」
とりあえず最初にやるべきことは髪を整えることだ。自慢の髪型は周りに必死に止められ、少し小ぶりになった。それを受け止めたことも成長だと思っている。
伸び上がって寒さにすぐ縮こまる。1月、まだ雪はごっそりつもらない。ちらほらと汚れたかたまりがあるだけだ。杜王町の冬は2月から。もうすぐ雪の季節になる、そう思っただけでぶるりと体が震えた。
進学する、と決めたのは本当になんとなくだった。頭は良くないし、金銭的な不安もあるけれど、なんとなく兄貴ならそうすすめるだろうと思ったのがきっかけだ。
ただそうなると手続きも勉強もと翻弄される毎日だった。いつスタンドで教科書を削りとるかと自分でもはらはらしながらとにかくやった。
時たま、兄貴の夢を見てうなされたり、励まされたりした。といっても、兄貴だからそんなに優しい言葉じゃない。それでも俺には十分だったのだけど。やっぱり兄貴だからな、と思ってすらいる。
一年制だとか、夜間だとか、選ぶことすらまず困難であったのに今しっかり志望したところに通っているのだから現実は怖い。事実は小説より奇なりですね、とミキタカが言っていたような気がする。
ついていけているとは思えないけれど、俺と同じように必死のやつもいるしと少しでも良い方向に考えている。どこにだって似たようなのはいるもんなんだな、とか。
問題は通学時だ。ちょうどラッシュの時間にかち合ってしまう。こればかりはどうにもならない。人を削りとるだなんて考えは実行する前に打ち消した。そこまでバカじゃあない。
一本前のバスでは早すぎて、一本あとのバスでは遅刻になる。だから混雑には慣れないといけない。
「だりい…」
頭を抱えたくなるのもまた現実なのだけど、今日も行かないといけない。親父に朝飯やったっけ。俺がまだだから、まだだよな。窓辺でごろごろとのどをならす猫草の頭を指先でなでてから、とりあえず朝食にかかることにした。
バス停で億泰にあったのは本当に偶然だった。隠さずに大あくびをする億泰に思わず吹き出してしまう。
行列が出来る前らしく、時刻表の横にぼうっと立っていた。何も変わっていない、朝はとことん眠そうなところだとか。
変わったのは制服じゃないところと、髪型くらいか。鞄には相変わらず大きなドルがついている。
せめてもの目印といったところだろうか、いやそこまで考えちゃいないだろう。いつも身に着けていたからそのまま、とかそんな理由だ。きっと。
「億泰!」
声をかけながら肩を叩けば目を丸くして、久しぶりとか言葉が出る前におお、とか間抜けに声を上げた。そこのところも変わってはいない。思わず苦笑した。
「めずらしーんじゃねえ?お前がこの時間」
「寝坊したんだよ、いつもはもっと早いぜぇ〜仗助くんは優秀だからな」
「お前があ?」
ありえねえ、と腹を抱えて笑う。そういえば会うのは久しぶりだっけ、バカみたいにこいつが笑ってるのを見るのもだいぶご無沙汰だったような気がする。
「億泰よお」
「あんだよ、バス来るぞもう」
「お前、今日何時ごろ帰ってくる?」
「は?」
バス停に滑り込んできたバスはこれ以上乗れません、ってくらい人が詰まっている。無理やり体を押し込んで乗り込むと億泰は鞄を抱えながら振り返ってなんとか返事をしようとしているようだ。
「5時過ぎくらいだけど、なんかすんのか?」
「飯食おうぜ、って、言おうと思ってたんだけどよー」
「…どー?」
「……このバスから無事に降りれたらもっかい言ってやるからよお」
振り返ると億泰は堪えきれないとばかりに噴出して、なんとか手すりに掴まっていた。苦笑で返して、とにかくまずは無事に大学までつくことを祈った。
だけど、どうしても混む時間というものは存在する。たとえば朝方の通勤、通学ラッシュ。そして夕方の帰宅ラッシュ。
なるべくその時間にかみ合わないように、東方仗助は早めに家を出ることにしていた。
単位がどうのとか、レベルが違うとか散々言われて机にかじりついていた昨年の今頃が懐かしい年明け。
あの時は承太郎さんにまで必死で電話したっけなあ、なんてぼんやり思い出し、アラームがとまった携帯電話を開く。
「はあ?」
思わず口から出た声は朝からなんとなくドスがきいていて、自分でもこれはよくないと誰が聞いているわけでもないのに咳払いをした。
いつも起きる時間より、1時間も遅いではないか。なぜだ。知らない間に止めたんだっけ、と考えながら時間割をメモした紙を確かめる。
今日は2コマ目から。なら今からでも十分間に合う、でもいつも使うバスがぎゅうぎゅうであろうことはなんとなく予想できた。朝から人にもまれるなんて、想像だけでも嫌なのに実際に行かなければならない。
「めんどくせぇー…」
とりあえず最初にやるべきことは髪を整えることだ。自慢の髪型は周りに必死に止められ、少し小ぶりになった。それを受け止めたことも成長だと思っている。
伸び上がって寒さにすぐ縮こまる。1月、まだ雪はごっそりつもらない。ちらほらと汚れたかたまりがあるだけだ。杜王町の冬は2月から。もうすぐ雪の季節になる、そう思っただけでぶるりと体が震えた。
進学する、と決めたのは本当になんとなくだった。頭は良くないし、金銭的な不安もあるけれど、なんとなく兄貴ならそうすすめるだろうと思ったのがきっかけだ。
ただそうなると手続きも勉強もと翻弄される毎日だった。いつスタンドで教科書を削りとるかと自分でもはらはらしながらとにかくやった。
時たま、兄貴の夢を見てうなされたり、励まされたりした。といっても、兄貴だからそんなに優しい言葉じゃない。それでも俺には十分だったのだけど。やっぱり兄貴だからな、と思ってすらいる。
一年制だとか、夜間だとか、選ぶことすらまず困難であったのに今しっかり志望したところに通っているのだから現実は怖い。事実は小説より奇なりですね、とミキタカが言っていたような気がする。
ついていけているとは思えないけれど、俺と同じように必死のやつもいるしと少しでも良い方向に考えている。どこにだって似たようなのはいるもんなんだな、とか。
問題は通学時だ。ちょうどラッシュの時間にかち合ってしまう。こればかりはどうにもならない。人を削りとるだなんて考えは実行する前に打ち消した。そこまでバカじゃあない。
一本前のバスでは早すぎて、一本あとのバスでは遅刻になる。だから混雑には慣れないといけない。
「だりい…」
頭を抱えたくなるのもまた現実なのだけど、今日も行かないといけない。親父に朝飯やったっけ。俺がまだだから、まだだよな。窓辺でごろごろとのどをならす猫草の頭を指先でなでてから、とりあえず朝食にかかることにした。
バス停で億泰にあったのは本当に偶然だった。隠さずに大あくびをする億泰に思わず吹き出してしまう。
行列が出来る前らしく、時刻表の横にぼうっと立っていた。何も変わっていない、朝はとことん眠そうなところだとか。
変わったのは制服じゃないところと、髪型くらいか。鞄には相変わらず大きなドルがついている。
せめてもの目印といったところだろうか、いやそこまで考えちゃいないだろう。いつも身に着けていたからそのまま、とかそんな理由だ。きっと。
「億泰!」
声をかけながら肩を叩けば目を丸くして、久しぶりとか言葉が出る前におお、とか間抜けに声を上げた。そこのところも変わってはいない。思わず苦笑した。
「めずらしーんじゃねえ?お前がこの時間」
「寝坊したんだよ、いつもはもっと早いぜぇ〜仗助くんは優秀だからな」
「お前があ?」
ありえねえ、と腹を抱えて笑う。そういえば会うのは久しぶりだっけ、バカみたいにこいつが笑ってるのを見るのもだいぶご無沙汰だったような気がする。
「億泰よお」
「あんだよ、バス来るぞもう」
「お前、今日何時ごろ帰ってくる?」
「は?」
バス停に滑り込んできたバスはこれ以上乗れません、ってくらい人が詰まっている。無理やり体を押し込んで乗り込むと億泰は鞄を抱えながら振り返ってなんとか返事をしようとしているようだ。
「5時過ぎくらいだけど、なんかすんのか?」
「飯食おうぜ、って、言おうと思ってたんだけどよー」
「…どー?」
「……このバスから無事に降りれたらもっかい言ってやるからよお」
振り返ると億泰は堪えきれないとばかりに噴出して、なんとか手すりに掴まっていた。苦笑で返して、とにかくまずは無事に大学までつくことを祈った。
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spumoniのねっこさんへ相互記念で書かせていただきました、「大学生の仗助と億泰」
ご近所さんでも生活リズムが変わるとぜんぜんあわなくなるけど、二人には時間とってほしいなあなんて思いながら。
ねっこさん、書かせていただいてありがとうございました!
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